発信者情報開示命令事件に関する裁判手続は、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)の改正(令和3年法律第27号)が令和4年10月1日に施行されたことにより、従来の発信者情報開示請求の訴訟手続等に加えて、新たに創設された制度です。
改正後のプロバイダ責任制限法第8条以下に規定されています。発信者情報開示命令事件については、令和4年10月1日以前にされた投稿に関しても利用が可能とされています。
※プロバイダ責任制限法は、特定電気通信による情報の流通(掲示板、SNSの書き込み等)によって権利の侵害があった場合について、特定電気通信役務提供者(プロバイダ、サーバの管理・運営者等)の損害賠償責任が免責される要件を明確化するとともに、プロバイダに対する発信者情報の開示を請求する権利を定めた法律です。
改正によって創設された発信者情報開示命令事件に関する裁判手続は、非訟手続となり、手続きが簡易・迅速になることが期待されています。
従来は、発信者を特定するためには、SNS事業者(Twitter、Instagramなど)とインターネット接続事業者(ソフトバンク、KDDI、NTTなど)に対して、それぞれ法的手続を行う必要がありましたが、発信者情報開示命令事件に関する裁判手続では、一体の手続で完結させることも可能になります。
発信者情報開示命令事件に関する裁判手続は、以下の3つの手続きがあります。
・発信者情報開示命令
権利の侵害に係る開示関係役務提供者に対し、プロバイダ責任制限法第5条第1項又は第2項の規定によって発信者情報の開示を求める手続きです(プロバイダ責任制限法第8条)。
・提供命令
発信者情報開示命令の申立てがあった場合に、侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要があるとき、申立ての相手方である開示関係役務提供者に対して、侵害情報に係る他の開示関係役務提供者(経由プロバイダ等)の氏名等の情報を申立人に提供するとともに、開示関係役務提供者(コンテンツプロバイダ等)が保有するIPアドレス及びタイムスタンプ等を、申立人には秘密にしたまま、他の開示関係役務提供者に提供することを求める手続きです(プロバイダ責任制限法第15条1項1号)。
・消去禁止命令
消去禁止命令は、発信者情報開示命令事件の審理中に発信者情報が消去されることを防ぐため、裁判所が、申立てにより、発信者情報開示命令事件(異議の訴えが提起された場合にはその訴訟)が終了するまでの間、開示関係役務提供者が保有する発信者情報の消去禁止を命ずることができることとするものです(プロバイダ責任制限法第16条)。
発信者情報開示命令事件に関する裁判手続の流れは、以下のとおりです。SNS事業者(Twitter、Instagramなど)コンテンツプロバイダへの申立てから始まる場合を想定しています。
1 SNS事業者(コンテンツプロバイダ)への発信者情報開示命令申立て・提供命令申立て
サービス提供者であるSNS事業者(コンテンツプロバイダ)に対して、発信者情報開示命令と提供命令を申立てます。なお、提供命令は、開示命令申立てを本案とした保全処分となりますので、提供命令のみを申し立てることはできません。
発信者情報開示命令と提供命令と同時に申し立てた場合、提供命令が先行して判断されます(ただし、開示が認められるか微妙な事案では、提供命令の発令を留保して、本案を進める運用もあるようです。)。
提供命令は、「侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要がある」と認めるときに発令されますので、発信者情報の開示と要件が異なり、緩やかな要件となっています。
なお、申立書以外の証拠等は、申立人から相手方に直送することになります(発信者情報開示命令事件手続規則5条)。
提供命令が発令され、SNS事業者に送達された後、SNS事業者は、提供命令にしたがって、申立人に対して、インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)の氏名又は名称及び住所を提供します(第1段階の提供)(特定できないという例外もありえますが、割愛します。)。
提供命令を受けることにより、SNS事業者(コンテンツプロバイダ)への開示命令の決定を待たずに、インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)に対する発信者情報開示命令の申立てが可能となります。
ただし、提供命令は、SNS事業者(コンテンツプロバイダ)の関与なしに決定されますので、提供命令に即時抗告をしてきたり、命令に従わないという可能性もあります。なお、X(旧Twitter)社に関しては、提供命令に対応するか検討中とのことで、提供命令が出ても、第1段階の提供をしていませんでしたが、提供命令に応じたという情報もあります。ただし、全件を即時に対応しているかは不明です(令和5年9月26日現在)。したがって、X(旧Twitter)の投稿を対象とする際には、開示命令申立てのみ、または従来の仮処分命令申立てを利用したほうが、速やかにインターネット接続事業者の情報を得ることができる可能性があります。
※現在(令和5年9月26日)、X(旧Twitter)では情報の保有の有無の回答に非常に時間がかかるため、アカウント情報の開示命令とログインIP・タイムスタンプ開示の仮処分を組み合わせるのが最も効率的かもしれません。
2 インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)への発信者情報開示命令申立て・消去禁止命令申立て
SNS事業者(コンテンツプロバイダ)からインターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)の氏名等の開示を受けた後、次に、インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)に対する発信者情報開示命令申立てと消去禁止命令申立てを行います。なお、消去禁止命令は、開示命令申立てを本案とした保全処分となりますので、消去禁止命令のみを申し立てることはできません。
発信者情報開示命令と消去禁止命令と同時に申し立てた場合、消去禁止命令が先行して判断されます。
消去禁止命令は、「侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要がある」と認めるときに発令されますので、発信者情報の開示と要件が異なり、緩やかな要件となっています。
発信者情報開示命令事件(異議の訴えが提起された場合は、その訴訟)が終了するまでの保有する発信者情報を消去することを禁止します。
消去禁止命令は、東京地裁の運用では、提供命令とは異なり、インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)に照会を行っており、情報の保有や任意の保存について確認しているとのことです。任意にログ保存に応じていることが判明した場合には、消去禁止命令を取り下げとすることもあるようです(令和4年12月8日現在)。ただし、こちらも提供命令と同様、施行から間もないため、運用が固まるまでは、その都度、対応することになるのかと思います。
3 SNS事業者(コンテンツプロバイダ)に対し、インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)へ開示命令の申立てを行ったことの通知
SNS事業者(コンテンツプロバイダ)からインターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)の氏名等の開示を受け、次のステップである、インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)に対する発信者情報開示命令申立てをした後は、SNS事業者(コンテンツプロバイダ)に対し、開示命令申立てを行ったことを通知します。
この通知を受けたSNS事業者(コンテンツプロバイダ)は、インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)に対して、提供命令に従って、保有する発信者情報(ログインIPアドレス・タイムスタンプ等)をインターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)に提供することになります(第2段階の提供)。
インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)は、このSNS事業者(コンテンツプロバイダ)からの発信者情報の提供により、自社が保有する発信者情報を用いて、発信者を特定することが可能となります。
この通知を送らないと、インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)はログの照会を行うことができず、事案が進まなくなりますので、APへの申立てをしたら、速やかにCPへ通知しましょう。
この段階で、インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)が、発信者を特定することになりますので、発信者に対して、開示の請求に応じるかどうかについて意見の聴取を行います(プロバイダ責任制限法第6条1項)。
今回の改正により、発信者への意見照会については、開示に同意するかどうかだけではなく、同意しない場合には、その理由を聴取することになりました。したがって、発信者は、この段階で自身の投稿について、発信者情報開示命令の手続きが係属していることを認識することになります。
4 SNS事業者(コンテンツプロバイダ)・インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)へ発信者情報開示命令の審理
この段階で既に提供命令、消去禁止命令は発令されていますので、裁判所は残っているSNS事業者(コンテンツプロバイダ)・インターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)に対する発信者情報開示命令の事件を併合し、一体として審理し、判断することになります。
SNS事業者に対する発信者情報開示命令は、開示を求める内容次第ではありますが、多くは、ログインIPアドレス・タイムスタンプになるかと思います。インターネット接続事業者に対しては、氏名・住所・電話番号・メールアドレスの開示を求めることになります。
発信者情報開示命令の申立てについての決定をする場合には、当事者の陳述を聴かなければならない(プロバイダ責任制限法第11条3項)とされていますので、開示関係役務提供者側(コンテンツプロバイダ・アクセスプロバイダ)からの意見がこの段階で出てくることになります。
新たな手続きは、簡易・迅速に手続きを進められるというものですが、発信者情報の開示にかかる要件(権利が侵害されたことが明らかであること、開示を受けるべき正当な理由)(プロバイダ責任制限法第5条1項)が緩和されたわけではありませんので、これまで開示されなかったものが開示されるというわけではありません。
従来の手続きである発信者情報開示請求訴訟と新たな発信者情報開示命令申立てを同時に行うことは二重起訴(民事訴訟法142条)に該当すると考えられるため、同じ投稿を対象として併用することはできないことになります。
発信者情報開示仮処分の申立てと開示命令申立ては併用することは、条文上は可能となりますが、仮処分における保全の必要性があるかという点に問題が生じるおそれがあります。ただし、私見としては、ログインIPアドレス・タイムスタンプは、アカウント情報と異なり、保存期間の関係があるため、保全の必要性があると考えます。
また、新たに、SNSにおけるログイン時の情報を「特定発信者情報」と規定して、開示の対象とし、侵害関連通信(アカウント作成時、ログイン時、ログアウト時、アカウント消去時)(プロバイダ責任制限法5条3項、施行規則5条)制定され、ログイン型投稿(Twitterなど)は、開示の対象も変わってきます。投稿ごとに権利侵害の有無が判断され、侵害情報の送信と相当の関連性を有するもの(裁判所は、最も時間的に近接する通信と考えているようです。)のみが開示されます。時間的に近接する通信というのが、投稿前後のうち投稿に近い通信(ログイン)を指すのか、投稿前の通信(ログイン)のみを指すのかは、どちらもありえると思います。
ログイン時等の通信は、それ自体が権利侵害性を有するわけではないため、補充性の要件が加えられており、SNS事業者が権利侵害通信自体の発信者情報を保有していない場合に限られるとされます。
5 発信者に対する損害賠償請求
発信者情報開示命令が出され、インターネット接続事業者(経由プロバイダ)から発信者の情報が開示された後、発信者に対して、損害賠償請求等を行っていくことになります。
開示されるのは、接続プロバイダの契約者の情報になりますので、必ずしも実際の発信者ではないという場合もあります。開示された契約者の情報が、法人であったり、ホテルなどの施設であったりするケースもあります。こういった場合には、実際の発信者を特定するまでにもうひと手間かける必要があったり、場合によっては実際の投稿者の特定を断念せざるを得ないような場合もあります。
損害賠償請求の方法は、任意の支払いを求める交渉と訴訟提起のいずれかによります。まずは任意の支払いを求め、拒否や無視をされたり、希望する金額に応じてくれない場合に訴訟を提起するという手順を踏むことが多いですが、最初から訴訟提起するという方法を選択しても問題ありません。
6 その他
新たな発信者情報開示命令申立ての裁判手続は、発信者の特定のための制度のため、投稿の削除を求めることはできません。削除を求める場合には、従来と同様の手段を採用することになります。
からんこえ法律事務所では、インターネット上の誹謗中傷などのトラブル(削除請求、発信者情報開示命令申立て・訴訟・仮処分申立てなどの被害者側の対応や、請求者との交渉による示談交渉、請求者から訴えられた訴訟対応、発信者情報開示に係る意見照会書の回答書の作成業務など投稿者側のいずれにも対応しております。)に関する法律相談を取り扱っておりますので、お悩みのある方はお問い合わせ下さい。
オンライン相談にも対応しております。宮城県外の方からのご相談にも対応しておりますので,お困りの方はお問い合わせ下さい。
【参考文献】
・プロバイダ責任制限法(第3版)(第一法規)(著者:総務省総合通信基盤局消費者行政第二課)
・プロバイダ責任制限法発信者情報開示関係ガイドライン別冊「発信者情報開示命令事件」に関する対応手引き (著者:プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会)
・発信者情報開示命令事件に関する裁判手続の運用について(商事法務NBL1226号79頁)(著者:向井敬二他)
【関連条文】
プロバイダ責任制限法
(発信者情報の開示請求)
第五条 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるものをいう。以下この項及び第十五条第二項において同じ。)以外の発信者情報については第一号及び第二号のいずれにも該当するとき、特定発信者情報については次の各号のいずれにも該当するときは、それぞれその開示を請求することができる。
一 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。
三 次のイからハまでのいずれかに該当するとき。
イ 当該特定電気通信役務提供者が当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報を保有していないと認めるとき。
ロ 当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報が次に掲げる発信者情報以外の発信者情報であって総務省令で定めるもののみであると認めるとき。
(1)当該開示の請求に係る侵害情報の発信者の氏名及び住所
(2)当該権利の侵害に係る他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報
ハ 当該開示の請求をする者がこの項の規定により開示を受けた発信者情報(特定発信者情報を除く。)によっては当該開示の請求に係る侵害情報の発信者を特定することができないと認めるとき。
2 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときは、当該特定電気通信に係る侵害関連通信の用に供される電気通信設備を用いて電気通信役務を提供した者(当該特定電気通信に係る前項に規定する特定電気通信役務提供者である者を除く。以下この項において「関連電気通信役務提供者」という。)に対し、当該関連電気通信役務提供者が保有する当該侵害関連通信に係る発信者情報の開示を請求することができる。
一 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。
3 前二項に規定する「侵害関連通信」とは、侵害情報の発信者が当該侵害情報の送信に係る特定電気通信役務を利用し、又はその利用を終了するために行った当該特定電気通信役務に係る識別符号(特定電気通信役務提供者が特定電気通信役務の提供に際して当該特定電気通信役務の提供を受けることができる者を他の者と区別して識別するために用いる文字、番号、記号その他の符号をいう。)その他の符号の電気通信による送信であって、当該侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるものをいう。
(発信者情報開示命令)
第八条 裁判所は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者の申立てにより、決定で、当該権利の侵害に係る開示関係役務提供者に対し、第五条第一項又は第二項の規定による請求に基づく発信者情報の開示を命ずることができる。
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