弁護士高橋 広希

2022年3月12日

相続放棄をしたいとき

自身が相続人であることが判明した後,相続放棄をしたいというご相談を受けることがあります。

特定の相続人の相続分を増やすためであったり,被相続人が債務超過のためであったり,被相続人とは生前に全く交流がなく,関わりたくないためであったりなど様々な理由が挙げられます。

1 相続放棄とは

民法915条1項で,「相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に,相続について,単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。」とされています。

相続が開始した場合,相続人は次の三つのうちのいずれかを選択できます。

①相続人が被相続人の権利や債務などの義務を全て受け継ぐ単純承認

②相続人が被相続人の権利や義務を一切受け継がない相続放棄

③被相続人の債務が不明であり,正の財産が残る可能性もある場合等に,相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐ限定承認

相続放棄をする場合には,相続人が相続開始の原因たる事実(被相続人が亡くなったこと)と自分が法律上相続人となった事実を知ったときから3ヶ月以内(熟慮期間中)に行う必要があります(なお,3ヶ月という期間は,裁判所に申し立てることで伸長が可能です。)

2 相続放棄の申述方法

相続放棄を行うためには,家庭裁判所に相続放棄の申述を行う必要があります(民法938条)。

申述を行う先の家庭裁判所は,相続が開始した地(被相続人の最後の住所地)を管轄する家庭裁判所となります(家事事件手続法201条)。

相続放棄をする際には,申述書のほか,添付書類を用意する必要があります。被相続人との関係性で提出する書類が若干異なり,以下のものとなります(参照:裁判所HP

裁判所の様式の書類には,相続放棄をする理由を記載する欄がありますので,自分が相続放棄をしたい理由を記載すれば足ります。

相続財産についても記載する欄がありますが,調査すらしていないというときは記載する必要ありません。

※熟慮期間を経過していたとしても,相続放棄の申述が認められる場合はありますので,熟慮期間が過ぎていたとしても,まずはご相談下さい。

3 申述後の流れ

相続放棄の申述書を提出した後,裁判所から申述に対する照会書が送付されてきます。各裁判所ごとに運用は異なっているようですが,回答すべき内容としては,「自分の意思で申述を行っているか」「いつ被相続人が死亡したことを認識したか」「相続放棄の理由」になります。

こちらの照会書に対する回答書を返送した後,裁判所から相続放棄申述受理通知書が送付されてきます。相続放棄申述受理通知書は再発行されません。債権者などに相続放棄をしたことの証明として交付する場合には,相続放棄申述受理証明書を別途取得しておくのが望ましいです。

4 相続放棄の効果

相続放棄の申述を受理する審判がなされることで相続放棄の手続が完了となります。

相続放棄の効果として,民法939条に「相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなす。」と定められています。

相続財産の中に債務があったとしても,相続放棄をした人は一切の責任を負わないことになります。

相続放棄と似た言葉として,相続分の放棄というものがあります。これは,自己の相続分を放棄することを他の相続人に告げることで行います。

相続放棄と異なり,3ヶ月以内という時的制限や裁判所への申述は必要ありませんが,相続人として地位は残るため,相続債務の負担を免れることはありません。

相続債務の負担を免れることを目的とする場合には,相続放棄を行うほうが望ましいことになります。

5 留意すべき事項

◎単純承認

民法920条は,「相続人は,単純承認をしたときは,無限に被相続人の権利義務を承継する。」と定めており,単純承認をした場合,一切の権利義務を全面的かつ無条件に受け継ぐことになります。

民法921条では法定単純承認について定めており,「相続財産の処分」「熟慮期間の徒過」「限定承認・相続放棄後の背信的行為」があった場合には,単純承認をしたものとみなされます。

特に「相続財産の処分」については問題となるケースが多いものと思われます。被相続人の物を売却したり,銀行口座の預金を引き出したりした場合には,単純承認したものとみなされます。

いわゆる形見分けについては,対象となる物によっては,「相続財産の処分」に該当する可能性もありますので,不安な場合は専門家に相談することをおすすめします。

◎相続放棄後の管理

民法940条1項は,「相続の放棄をした者は,その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで,自己の財産におけるのと同一の注意をもって,その財産の管理を継続しなければならない。」と定めています。

つまり,相続放棄をした後でも,相続財産の管理を続けなければならない場合があるということです。

自分以外に相続人がいない場合や相続人全員が相続放棄をした場合には,相続放棄をした人であっても管理を継続することになります。

現在,空き家が社会問題化していることもあり,空家等対策の推進に関する特別措置法が定められており,管理者としての責任を負う可能性もあります。

次順位の相続人に引き継げない場合,この管理義務は,相続財産管理人を選任することで終えることができますが,選任の申立てには予納金の納付など費用が一定程度かかりますので,相続財産が債務超過となっている場合などには,申立人の負担となる可能性もあります。

相続財産に空き家が含まれている,形見分けをしたいなど,相続放棄をするにしても不安な点がある場合には,お気軽にご相談下さい。

からんこえ法律事務所では,相続放棄の申述の代理での申立て業務を行っております。相続人1名あたり5万5000円(税込)の料金で対応しております(別途実費)(複数の相続人からの同時のご依頼の場合,一定の割引を行います。熟慮期間経過後の申述の場合には,割増となります。)。


【関連条文】

民法第920条1項 相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。

民法第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。

一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。

二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。

三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

民法第938条 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

民法第939条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

民法第940条1項 相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。